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2012-03-17
Vietnam travel 1
ベトナムへ。雑多なところに行きたかったというのもある。そんなに遠くなく安い所が良いってのもある。決定的な理由は今となってはわからない。もともとはトルコへ行こうと言っていた。論理的には導きだすことのできない、曖昧模糊とした何かに突き動かされてベトナム行きは決定されたのだった...
いや、よく思い出すと政情不安やウィルス情報とかで消去法していった気もする。あと、思い出したことといえば、僕のコンセプトは「なんちゃってバックパッカー、ビールを飲む」だった。わざわざ登山用のルルイパックを買ったからね。
まあ、ベトナムにビールを飲みに行ったのだ。2011年10月。
家からは成田空港が遠かったので前泊した。平日だったので着いたのは終電でだった。とりあえずビールを飲んで期待を高めながら眠った。たぶん日本のビールはしばらく飲まないだろうと思っていたので大切に飲んだ。この旅ではビールは常に飲んでいたから、味の比較のために記憶を強くするという意味でもとてもよかったと思う。ちなみに飲んでいたのはキリン一番搾りです。
次の日、時間やばくねと颯爽と焦りつつベトナム航空の飛行機へ向かう。一番最初に喋った英語は、CAに向けた「beer(ビィーア)」でした。その次は「Carlsberg(カーハルスビャーグ)」です。象徴的なスタートを切ったと思った。
まず向かうのはホーチミン。滞在せず中継地点としての役割しかなく、すぐにダナンへ向かう。しかしおどろくべきことに、中継地点としての役割しか無いのに次の飛行機の時間まで5時間もあった。知らない土地でも近場へ出るだけならすぐに戻って来られるだろうと思ったけど、どうもホーチミン、徒歩で市街地に出る方法が見当たらなくて、事前情報もなかったので結局空港で待つことになった。蚊に異常に警戒をしながら5時間過ごした。時間の浪費である...
空港でご飯を食べ(空港レベルですでにうまかった)、落ち着いて乗り継ぎのチケットをもらいに行く。整列させる人間の英語と態度が落ち着いていてかっこいいなと思った。英語で意思疎通することがほとんど初めてなので、とにかくダナンへ行きたい、引換チケットはここにあるということを全面に出していたと思う。チケットってティケットって発音するのかと思いながら必死になってしゃべっていた。割りと通じて、順番待ちに加われた。何をしているのかよくわからないおばあちゃんが、カウンター横にある荷物を量る台に腰掛けていた。そのおばあちゃんは飽きたら隣の台へ行っていた。一緒にいた友だちは目がよく合っていたらしい。
順番が来て通されたカウンターの女性がとてもやさしく、柔らかい気持ちになった。ここでもダナンへ行きたい、チケットあるよ、フロムナリタ、フロムナリタを連打していた。毎日仕事でこんな感じの人間を多く相手にしているおかげなのか、とても丁寧に処理してくれた気がするし、英語が通じて面白いと感じた。同時にこんなに消費することがこれからしばらく常になるのかと思って驚いた。
夜になってようやく飛行機の時間が来た。そこでは欧米人のおばちゃんが新聞読む?って聞いてきた。なんでこんな自然に他人との架け橋をつなげるんだろうと羨ましく思いつつも断った。なんとなく記念的に頂いても良かったかなと今は思う。おばちゃん越しに見える夜景にドキドキしつつ飛行機はダナンへ到着した。その間、一緒にいた友人はよく目があっていたらしい。
ダナンではガイドのブンさんが待っていた。明日からは3人パーティになるのだ。すんごい疲れながらホテルへ到着。普段安い宿しか止まらないので引くくらいの豪華さに引いた。何しろベッドの横にむき出しで洗面台があるのだ。

ベッドの高さも経験したことの無い高さだった。登るのに一苦労する高さだった。
夜景。言葉は悪いが安っぽいような生活感があるような、捉えがたい感覚。その新鮮さがきっと人の新鮮な部分を啓くのだ。

朝はこうなる。

そして朝になると即フエに出発していったのだった。
かつてと違う姿になにか感じるところがある。




二人組の女の子。衣装をつけての撮影にちょうど居合わせた。とても恥ずかしがっていたのでso cute言った。


そして場所移動。もうここは何処なのかすら覚えていない。




ハーレムへつながる道だったそうだ。ここは覚えてる。

このあとご飯を食べた。



出てきた中ではこれが一番良かった気がする。

フォーではない別の何か。

昼ごはんのあと、カイディン帝廟へ。
いや、よく思い出すと政情不安やウィルス情報とかで消去法していった気もする。あと、思い出したことといえば、僕のコンセプトは「なんちゃってバックパッカー、ビールを飲む」だった。わざわざ登山用のルルイパックを買ったからね。
まあ、ベトナムにビールを飲みに行ったのだ。2011年10月。
家からは成田空港が遠かったので前泊した。平日だったので着いたのは終電でだった。とりあえずビールを飲んで期待を高めながら眠った。たぶん日本のビールはしばらく飲まないだろうと思っていたので大切に飲んだ。この旅ではビールは常に飲んでいたから、味の比較のために記憶を強くするという意味でもとてもよかったと思う。ちなみに飲んでいたのはキリン一番搾りです。
次の日、時間やばくねと颯爽と焦りつつベトナム航空の飛行機へ向かう。一番最初に喋った英語は、CAに向けた「beer(ビィーア)」でした。その次は「Carlsberg(カーハルスビャーグ)」です。象徴的なスタートを切ったと思った。
まず向かうのはホーチミン。滞在せず中継地点としての役割しかなく、すぐにダナンへ向かう。しかしおどろくべきことに、中継地点としての役割しか無いのに次の飛行機の時間まで5時間もあった。知らない土地でも近場へ出るだけならすぐに戻って来られるだろうと思ったけど、どうもホーチミン、徒歩で市街地に出る方法が見当たらなくて、事前情報もなかったので結局空港で待つことになった。蚊に異常に警戒をしながら5時間過ごした。時間の浪費である...
空港でご飯を食べ(空港レベルですでにうまかった)、落ち着いて乗り継ぎのチケットをもらいに行く。整列させる人間の英語と態度が落ち着いていてかっこいいなと思った。英語で意思疎通することがほとんど初めてなので、とにかくダナンへ行きたい、引換チケットはここにあるということを全面に出していたと思う。チケットってティケットって発音するのかと思いながら必死になってしゃべっていた。割りと通じて、順番待ちに加われた。何をしているのかよくわからないおばあちゃんが、カウンター横にある荷物を量る台に腰掛けていた。そのおばあちゃんは飽きたら隣の台へ行っていた。一緒にいた友だちは目がよく合っていたらしい。
順番が来て通されたカウンターの女性がとてもやさしく、柔らかい気持ちになった。ここでもダナンへ行きたい、チケットあるよ、フロムナリタ、フロムナリタを連打していた。毎日仕事でこんな感じの人間を多く相手にしているおかげなのか、とても丁寧に処理してくれた気がするし、英語が通じて面白いと感じた。同時にこんなに消費することがこれからしばらく常になるのかと思って驚いた。
夜になってようやく飛行機の時間が来た。そこでは欧米人のおばちゃんが新聞読む?って聞いてきた。なんでこんな自然に他人との架け橋をつなげるんだろうと羨ましく思いつつも断った。なんとなく記念的に頂いても良かったかなと今は思う。おばちゃん越しに見える夜景にドキドキしつつ飛行機はダナンへ到着した。その間、一緒にいた友人はよく目があっていたらしい。
ダナンではガイドのブンさんが待っていた。明日からは3人パーティになるのだ。すんごい疲れながらホテルへ到着。普段安い宿しか止まらないので引くくらいの豪華さに引いた。何しろベッドの横にむき出しで洗面台があるのだ。

ベッドの高さも経験したことの無い高さだった。登るのに一苦労する高さだった。
夜景。言葉は悪いが安っぽいような生活感があるような、捉えがたい感覚。その新鮮さがきっと人の新鮮な部分を啓くのだ。

朝はこうなる。

そして朝になると即フエに出発していったのだった。
前日の疲れが割と残っていたが初行動なのでそんなこともいっていられない。曇天のベトナム。何かが起こりそうだよね。
まずは阮朝王宮へ。
エライ人が真ん中の道を通ってー、みたいな振り分けが昔はあったみたいなこと言われた気がする。ちょっとよく覚えていない。
外から直結するところに机と棚があるって不自然で興味を惹く。
最初の門が描かれている。
鐘。
鐘の文字?
鐘についてる龍。実にグロテスクである。
被写体指導。
寂しげな雰囲気。
かつてと違う姿になにか感じるところがある。




二人組の女の子。衣装をつけての撮影にちょうど居合わせた。とても恥ずかしがっていたのでso cute言った。


そして場所移動。もうここは何処なのかすら覚えていない。




ハーレムへつながる道だったそうだ。ここは覚えてる。

このあとご飯を食べた。



出てきた中ではこれが一番良かった気がする。

フォーではない別の何か。

昼ごはんのあと、カイディン帝廟へ。
ラベル:
AF-S NIKKOR 18-105mm 3.5-5.6G,
D90,
ベトナム,
旅行
2012-03-06
2012-02-11
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